誰にも言えない

ぐずぐずの引きこもりの私。いつからこうなったのだろう。誰にも言えないから書きます。

何もない

このところブログの更新が滞り気味だ。何も書くことがない。書くほどの、良い事も、悪い事もない。ただの平凡な日常が続いている。実は、こういう日々が、何よりも、一番かけがえなく、ありがたいものだ。蕁麻疹は、治ってはいないが薬でコントロールできている。精神的にも落ち着いているのだと思う。過去の出来事に囚われることもない。


今週もそんな感じであっという間に終わる。もうすぐ12月だ。なんて早い一年だったんだろう。2年ぶりに喪が明ける。このまま無事に年を越したい。

換気扇24時間

我が家の西隣のお宅は平屋で、換気扇の吹き出し口だろうと思われる通気口が、壁ではなく、屋根についている。その箇所が、うちの2階の私たちの寝室に近い位置にある。越してきた当初は気にならなかったのだが、いつの頃からか、その換気扇の音が気になるようになった。たぶん、もう5,6年はそうだと思う。それまでは、つけたり消したりだったと思うのだが、理由はわからないが、その頃から、おそらく24時間つけっぱなしにするようになったのだと思う。


お隣は共働きで、昼間は誰もいない。それでもずっと換気扇はついている。夜も一晩中ついている。


昼間は2階で過ごすことが少ないし、1階にいるとほとんど聞こえないので、気にならないが、問題は夜だ。私は、別段、音に神経質というタイプではないとは思うが、ベッドに入って寝ようという時には、ブーンという低いモーター音が耳に付いて煩わしい。睡眠を妨げるほどではないが、気持ち良いものではない。ちなみに夫は、全然、気にならないという。私が指摘するまで気づいてもいなかった。つまり、一般的にみて、苦情を申し立てるほどの音ではないのだと思う。私は、ベッドの位置を変えたり、耳栓をしたりして自衛してきた。


そんな生活がもう何年も続いていたのだが、気が付くと、ここ1ヶ月ほどその音がしない。夜、耳栓をせずにいられる解放感!いままで、地味に我慢してきたことに気が付く。どうかこのままでありますように、と思う。

なりたい未来を想像する

日曜日のカフェについて書いたことの続きになるのだが



グループ、または、ひとりで来ている年配の方々を見て、私はきっとひとりで来るタイプだろうなと思った。


今でさえグループでつるむのが好きでないのに、この先、さらに歳を取ってから、グループでお茶を飲みに来るなど、想像もできない。決して人嫌いという訳ではない。グループがどうにも苦手なのだ。気の合ったひとりの相手か、せめて二人とだったら、うまく楽しめるのだが。


今はそういう自分を認めて開き直っているが、学生時代は少し悩んだこともあった。どうして皆と自然体で楽しめないのだろうかと。社会人になってからも若い間は、自分から集いに参加したり、それなりに努力してみてはいたが、疲れるばかりだった。ある時からそういう無駄な努力をやめてしまったら、さして困ることもないことに気が付いて今に至る。


日曜日の朝にひとりでカフェへ行く、少し歳を取った自分を想像してみる。たまには夫を誘ってみようか。たとえば今から10年後、まだ老後というのには少し早いが、子供が独立した後の生活で、日曜日の朝に、夫とふたりでカフェに行く習慣が、もしあったりしたら、それは幸せでうれしいことだ。そうなれるように、なりたい未来を強く想像した。

日曜日のカフェで

日曜日の朝早くに、用事で出かける息子を送るため車で外出した。その帰りに一人でカフェに寄った。


そこは私にとって隠れ家的なカフェで、たまに近くに来た時にひとりで寄る。この日、時間はまだ朝8時前。日曜日のこの時間に、カフェに来ることなど初めてかもしれない。



その店でイートインするには、一階のカウンターでオーダーした後、注文した品物を受け取り、狭い階段を上った2階席に自分で運ぶ。


私が店に入った時、ちょうど一組の老夫婦が階段に向かっているところだった。ご主人は杖をついていて、コーヒーカップをふたつ載せたトレイを、奥様が両手で持って後ろに続く。これから狭い階段を上っていくのかと思うと、少し危なっかしいと感じた。手伝いに行こうかと数秒躊躇していると、階段の上り口で、ご主人が「おーい」と2階席の方へ声をかけた。すると、お仲間らしきひとりの男性がすぐに下りてきた。この方も、ご老人と呼んでよいだろうお年に見えたが、足取りは軽やかだ。その男性は奥様が持つトレイをさっと受け取ると、2階席へ上がっていく。その後で、奥様はご主人を介助しながら、ゆっくりと階段を上っていった。最初の「おーい」以外、会話はなく、いつものやり取りなのだろうと思われた。


私が2階席に行くと、先のご夫婦と男性は6人程のグループで窓際に座っていた。皆、同じような年頃に見える。また他にも3、4人ほどひとり客がいたのだが、その方たちも、一人を除いては、70代以降ではないだろうか。私がいつも利用する時間帯とは、客の年齢層が全く違う。あのグループは、もしかしたら日曜日の朝にいつも集まっているお仲間なのではないだろうか。新聞や本を読んでいるひとり客たちも、常連なのかもしれない。


グループで来るのもよし、ひとりで来るものまた然り。そこには日曜日の朝の穏やかな時間があった。その場にちょっとお邪魔してしまったような気がしたが、私も気持ちの良い20分を過ごさせてもらって、家に戻った。

月命日とミカン

昨日は母の月命日だった。


母の好きだった花は、百合とバラ。胡蝶蘭なんかも好きだったと思う。大きな華やかな花が好きだった。


それまで私は切り花を家に飾ることはなかった。



だが、母が亡くなってからは、ダイニングキッチンに花を欠かさないことが、私の新しい習慣となった。両親とも亡くなったが、花は母のためにと思って選んでいる。とはいえ、いつも母の好きな花というわけではなく、私が好きな花、例えばトルコキキョウとかストックとかを選ぶ時も多い。


ただ、母の月命日近くには、母の好きな花を選んでいる。今月は百合にした。買った時はまだ全部が蕾だったが、昨日の母の月命日には綺麗に咲きそろった。匂いが強く、ダイニングキッチンには不向きな花だ。それで、昨日、その花瓶を玄関に移しておいた。


今朝、夫と息子を見送った後で、その花瓶の横に、ミカンがふたつおいてあるのを見つけた。置いたのは、夫だろうか、息子だろうか?私は、普段、お供え物を置くことはないのだが、このミカンは恐らくそういう意味と思う。いつも飾っている花について、ふたりとも何も言うことはないが、私が花を欠かさないのは、母のためだと知っている。そっとミカンを置いてくれたその気持ちがうれしい。