父の青汁
台所の引き出しの奥から、青汁の小袋がいくつか出てきた。これは、父が亡くなった後、実家の整理をした時に、引き取ってきた物の残りだ。うちに持ってきて、息子が飲みきったと思っていたのだが、数袋、飲み残していたようだ。
母が亡くなった後、料理をしない父は自身の健康を考えて、青汁を毎朝牛乳に入れて飲むようになった。コマーシャルか何かで興味を持った父のために、気が変わらないうちに、と定期的に届くよう妹が注文したと聞いた。
病気の父を残して母が自死した後、父は抜け殻の様だった。当たり前だ。父は、自分の病気が、またはそれ以上に自分自身が母を死に追い詰めたと感じていた。その思いを語る時、自分が殺したと表現する父の顔を、私はまともに見ることができなかった。切ない。周りが何度も、父のせいではないと言っても、なかなか父の心には響かなかったと思う。
そんな父が青汁に興味を見せたのは、母が亡くなって半年ほどたってからだっただろうか。嬉しかった。父が自分の健康に気を使うということは、生きていこうとする意志の表れだから。それなのに、病気は間もなく父を連れて行ってしまった。通信販売で3回目に届けられた2箱には、全くの手付かずのまま父は逝ってしまった。虚しい。父が亡くなった後、実家の台所には、その未開封の青汁が2箱残された。それはまるで父の生への思いの残り火の様だ。
家に持ち帰った青汁を、野菜嫌いの息子に飲んだら?と勧めた。拒否するかと思ったが、息子はすんなり受け入れて、父と同じように毎朝牛乳に入れて飲んだ。私は涙が出るほど嬉しかった。
出てきた数袋は私が飲もう。父の生への希望だった青汁を飲もう。私たちは生きていく。
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