どうぞ私抜きで
日曜日、夫と息子の二人は、車で1時間の距離の義両親の家へ出かけて行った。前もって、私は行かないことになっていたが、夫が、いつ気を変えて「やっぱり月子も行こうよ」と、言ったらどうしようかと気が気ではなく、予定通り二人が出かけた後、私はやっと息が深く吸えるようになった。
この集まりを言い出したのは、いつものことだが義母。数週間違いの、義父と息子の誕生日を祝う食事会という名目だ。義父の誕生日も、息子の誕生日もそれぞれお祝い済みだ。それなのに、なぜか両方合わせたお祝いの食事会という名目を作り、息子たち家族を集合させるというのが義母である。月子さんも来て欲しいと義両親は言っていたようだが、私は行きたくなかった。
弁解するが、私はいつも行きたくない、行かないわけではない。主に義母が言い出す集まりには、数年前まで、当然のようにいつも参加していたし、ただ顔を出しに行く、ということすらあった。だんだん、夫だけ、または夫と息子だけで行ってもらう回数が増えたのは、私の父の健康が優れなくなったことがきっかけだ。それから私の実家でいろいろな困難が続き、どうしても気分的に無理だった。
今回、息子たちや孫に囲まれた義父を見るのが辛いから行きたくない、と夫に告げた。去年亡くなった父を思い出してしまう。不毛と思いつつも比べてしまう。特に、母が亡くなった後、一人残された父を思い出すのは辛い。今、こうして書いているだけで、人目がなければ涙で視界が曇るのだ。まだ亡くなって半年と少し。身内を亡くし遺されたものは、個人差はあれど立ち直るのに時間が必要だと思う。義両親の家へ行こうと思えば行けたと思う。演技で、明るく数時間、振舞うことはできただろう。でも私は、もう、そうしない。自分の心に無理をしたくないからだ。母が亡くなった後、父のために明るく振舞った。その時、そうすることが最善と思ったが、きちんと母の死を悲しまなかったことは、今の私の心の傷になっている。
義両親は、近くに息子家族が住んでいて、孫ともいつでも会える。私の両親は、晩年、そういうことに恵まれなかった。義両親は、そういう意味で、幸せでよかったね、幸運だね、と思う。だけど、どうぞ私抜きでやってほしい。今はまだ無理だ。
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