誰にも言えない

ぐずぐずの引きこもりの私。いつからこうなったのだろう。誰にも言えないから書きます。

不機嫌な人/父

よくわからないが、いつも不機嫌な人というのがいる。そして、ついさっきまで普通だったのに、突然、不機嫌になる人というのもいる。私はそういう人が苦手だ。まあ、誰でもそうだろうとは思うが。逃れられない環境で、不機嫌な人に対面するのは辛い。キュッと、心臓を掴まれるような思いになる。


今までに数えきれないほどの不機嫌な人と、すれ違ったり、関わったりしてきたが、忘れられない二人がいる。亡くなった父と、職場で一緒だったFさんだ。


今日は父のことを書く。


父は、普段は、寡黙で穏やかなのに、何がスイッチになるのかわからないが、突然、不機嫌になる。それは、家族に伝染し、家に充満する。子供(私と妹)は、戸惑い、恐れおののく。(父の名誉のために書いておくが、決して暴力的になるわけではない。)大人になるにつれ、とにかく放っておくしかないことを知ったが、当時は訳が分からなくて、自分が何かしたのではないか、自分が嫌われているせいではないか、と心痛めていたのを思い出す。


「自分の機嫌は自分で取る。」


出典がどこなのかは知らないが、ここ最近、よく目に、耳にするようになった。まさにその通りだと思う。父にこの言葉を聞かせたかった。


父の不機嫌は、劣等感が大部分を占めていたと、今なら分かる。その劣等感に押しつぶされそうになる何かのきっかけ、それはテレビの中のワンシーンであったり、本の中の言葉であったり、その場の状況であったり、誰かとの会話であったり、不意に思い出した過去の記憶の断片だったりする。何も、誰も、父のことを言っている訳でもないし、責めてもいないのに、父は、突然、不機嫌に陥る。それは、恐ろしい負のオーラとなり、家族を飲み込んだ。


今、専業主婦となり、家にいるのが基本という生活をしていると、不機嫌な人に惑わされる機会が、かなり少ないことがありがたい。しかも、ある程度歳をとり、会いたくない人とは会わないという選択を、容易にできる図太さも持ち合わせるようになったし、偶然、不機嫌を巻き散らす人に遭遇したとしても、私の問題ではないと考えてスルー出来るようになった。一番身近だった、父という不機嫌な人ももういない。